ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

2日目&千秋楽

合唱コンクールの練習のために、生徒達が朝すごく早く集まっている。
合唱コンクールは、高3の全クラスをビデオに撮るために二階から見ていた。
我がクラスは、課題曲の讃美歌が抜群に上手かった。ちょっとレベルが違う、という感じ。
自由曲は情感がこもった演奏になっていた。後は他のクラスの楽曲との比較だな。
12時から記念祭組なので、11時頃から課題になっていたところの抜き稽古。
とにかく自分から芝居を切ったり、自分勝手な芝居をしないように言う。
で、出来だが、昨日よりはるかに良かった。
語り手の演技がシンプルになった分、テンポが出た。
細かいミスはご愛嬌。
昨日より充実感があったんじゃないかな。
2時半から大会組。
スタッフワークが格段に良くなった。
照明と音響が演技をよくサポートしてくれていた。
演技もそれなりにまとまっていた。
まあ、いろいろとアクシデントはあったけどね。
山本さんが4回連続で見に来て下さった。毎回毎回本当にありがたい。
4時の終礼後、片づけ開始。
パネルと教卓を今日中に返さなくてはいけないので、それを中心に作業。
しかし、丸一日かけて仕込んだ部屋を、1時間で片づけるのはちょっと無理。
6時まで延長してもらって何とかパネルをばらすところまでいく。
仕込みの時はやることがわからず歌を歌っていて、叱られた面々も、今回はキビキビとそれぞれの仕事を片づけてくれた。
それと、高3が来てくれたのも大きい。一人ひとりのキャパシティーが違う。
パッと見て何をする必要があるのか見て取って動ける。
一年の差は、けっこう大きい。
とりあえず明日の朝できることは残して6時で撤収。
これで「お月さま」とのつきあいも終りかあ。
ちょっと、いや、かなりさびしいねえ。



週刊サッカーマガジン2003.4.15 No.917、66ページ、ベガルタ仙台の「担当編集者ノートの隅っこ」より。

「砂をかむような思いで聞いた財前の負傷。周知の通り、今年はここまで絶好調だった。大分戦の前に少し話す機会があったが「痛いから笑わせないで」と気丈に振る舞っていたのが苦しい。財前とケガ、この話題には、もう2度と触れたくなかったのに…。」

クリスマスカップで僕のパートナーを組んでくれた名越さんは、熱烈なベガルタサポーター。彼もきっと悔しがっているだろうな。

しかし、「砂をかむような」の意味は大辞林によれば「物事に味わいや情趣がなく、無味乾燥に感じることのたとえ。」とのこと。

これまで好調だった財前さんがケガをしたことで、世の中の出来事が無味乾燥に感じられたということなのだろうか。諸行無常でも感じたのかな。

たとえば、ケガをしてしまったことを、本人があとから「あの時こうしていれば…」と悔やむのなら「ほぞをかむ」ということばがある。

でも、第三者が「ほぞをかむような思いで聞く」というのも、財前さんをひなんしているように聞こえてしまうし、変。

でも、もしかしたら財前さんのことを非難したいのかな。
「気丈に振る舞っていたのが苦しい」という表現は、そんな風に意地悪に読めなくもない。
「気丈に振る舞っていたのが痛々しい」なら財前さんの心情によりそった表現になるけれど、「苦しい」じゃ、「見苦しい」とか「けがしたあとでそんな風にふるまったって遅いんだよ」といった意味に受け取れる。

感懐はこの井上という人、名古屋グランパスの方も意味不明のことを書いているし、よっぽど余裕がなかったのかな。
「トーレスを見たのは3年ぶりだった。当時たまたまブラジルにいて、00年バスコに復帰したばかりの彼に一度会ったことがある。「名古屋のファンのことを忘れない。バスコを名古屋だと思って、忘れないで」って当時言ってた。あの言葉、ウソじゃなかった」
一文目。「〜見たのは、〜だった」がうるさい。「トーレスを見るのは3年ぶりだった」とか「トーレスを見たのは3年ぶりだ」とか「トーレスを3年ぶりに見た」とか過去形は一文の中で一回にしてほしい。
2文目「当時」とは「00年」のことなんだろう。だったら00年を先に持ってきたほうがわかりやすい。
「00年たまたまブラジルにいて、バスコに復帰したばかりの彼に一度会ったことがある。」
「一度会ったことがある」というのもうるさい。「会った」でいい。
次のトーレスのことばの引用が僕には意味不明。
「バスコを名古屋だと思って、忘れないで」というのは、誰に向かって、何を忘れないでと言っているのだろう。
「あの言葉、ウソじゃなかった」とまとめられても、何がウソじゃなかったのか、よくわからない。
思いが先行しすぎて、言葉が足りない典型みたいな文章だな。



例年の記念祭では、初日は学内発表で、そこでダメ出しをし、微調整をした後で、外部発表の三日を迎える。
ところが今年は2日が日曜日だったために、学内発表が4日になってしまった。
ということで、普段ならもう一日試す時間があるのが、ぶっつけ本番状態になってしまった。
午前中の後援は大会組。警備で校内巡回をしていたので、5分前にビデオのスイッチを入れ、10時25分に終ってから見に行く。ちょっとドアをどちらから開けるのかが書いていなくて、暗幕のかかっていない方が開閉されてしまっていた。
見たところ、それほど破綻はなく終った感じがした。
終った後、アンケートを回収する。緑の面々が見に来てくれる。
休憩後、記念祭組の通しをすると言っていたけど、どうなったかな。
ファッションショーの準備でチャペルに行ったところで、田辺さん、宮岡さんとお会いする。宮岡さんに照明の設備をお見せしたが、舞台用に出来ていないので、かなり困惑されていたようだ。
ファッションショーは、途中で体調が悪くなった人がいて、保健室に運んだりしていたので、バタバタしてしまった。
H野さん、キレイでしたな。よくもまあ、こんなに立派になって、お父さんはうれしい。
ファッションショーが早めに終る。おかげで、途中からのぞきにいけた。
ビデオを確認したら、スイッチが入っていない。途中から撮ったけど、またですか。
演技の方だが、みんなが探り合いながら演技しているのがつらかった。
初めて通したようなものなので、間がつかめていない。
自分が演技をしたあとで、他の人のセリフの部分で、素に戻ってしまう。
それなりの「色」は出ているのだが、「もっとできるはず」というのがみんなの頭にあるので、フラストレーションが溜まっているようだった。
限られた時間の中で改善できることは何かをよく吟味して、明日に生かしていこう。
後、この芝居を演じられるのも一日。
自分の中で何か一つ、つかめるものがあるように、舞台の上で生きて下さい。