ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

「赤いメガホン・ソビエト権力のために」

 社会主義国が過去のものとなった今、こうした劇のセリフを見ると、なんだか不思議な感じがする。人間が理想に燃えて作り上げようとしていったものがあり、その劇を観て理想に向かって行動していった人たちが確かに存在し、しかしそうしたものがすべて瓦解して烏有に帰してしまっている…。してみると、人間が作り上げようとするものの価値とは何ぞやということだな。以前としてその夢に酔っている国は存在するわけだが。
 こうした手法は別な目的のために我々をある方向へ導いていこうとするときにい甘でも有効だろうか。陳腐な手法として一笑に付されてしまうだろうか。万歳コマーシャルなんか見ていると、けっこうまだ有効なのかな、なんて気もするのだが。