ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

2.11反対授業

ということで、今日も授業はなくなる。
 午前中は入試問題の分析をして過ごす。
 午後からの卒業生の講演を聞く。
 昭和20年卒業の方。
 入学のとき、制服が国民服になって、なす衿に左合わせのブラウスと4枚はぎのスカートで、がっかりしたということ、ところが入学式に出ると周りがみんなセーラー服で、それはお姉さんや知り合いから譲ってもらって着てきたので、自分もセーラーを工面してもらって着て通ったこと。
 3年生からは勤労動員で滝野川の造幣局で働いたが、シンガポールで使う軍票の印刷をしても、シンガポールまで運ぶ船があるのか、あっても途中で沈められてしまうのではないかといったことを小声で話し合っていたこと、5年制が急きょ4年で卒業と決まり、憧れていた行事を最上級生として迎えられなくなったこと、卒業式は5年で卒業する学年と一緒で、しかも空襲警報が鳴る中で途中中断しながらなんとか済ませたこと、卒業後、広島へ疎開した友人が、被爆して、その後「原爆乙女」として渡米し、最後の手術の時に麻酔ミスで亡くなったこと、などなど、淡々とした口調のお陰で、かえってイメージを鮮明に浮かべながら聞くことが出来た。
 こうした諸先輩の話を芝居に出来ないものか、なんて思う。造幣局のほかに、風船爆弾制作に配属された人もいると聞く。
 その後、卒業生が小説を書いて持ってきたので、話をする。
 自分という存在について随分深く考えている。卒業して一年で、こんなふうになったのか、在校時からこうだったのか、アウトプットすることで、猛烈にインプットすることへの欲求が高まっているのを感じる。まるで飢えをどうにかして満たそうとしてオアシスの後を必死で掘り返しているような気迫を感じる。
 部活は通しと本読みをした模様。ディベート部の方にかかりっきりで今日は見に行けなかった。
 『現代世界演劇7』を読む。