ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

秘するが花

19日の11時から有志による高3の教室掃除。

2組と3組は2人ずつしか来なかったが、1組と4組が大勢来てくれた。

普段目立つところで活躍するようではなかった人が、来てくれて、最後の掃除を丁寧にしっかりをやってくれた。56回生というと、賑やかでパワフルというイメージだけれど、実はこうした目立たずに、しかし着実に仕事をしてくれる人がいて、初めて学年全体がうまく回っていたのだなという思いを強くした。
1時から終業式。校長の話の中で、56回生の昨日の様子が紹介されていた。

卒業を祝う会に校長が向かっていた時、地下鉄の駅から出たら、雨の中、道案内に立ってくれていた生徒がいた。さらに進んでいくと、また交差点のところで案内をしてくれる別の生徒が立っていた。こんなことは20年来初めてだ。

お別れ会の席も、教師を中心とし、その周りに保護者席があり、その外側に生徒席が作られていた。自分たちが楽しむのではなく、保護者に捧げる合唱コンクール再演、と銘打って各クラスが合唱を披露したように、自分たちをここまで育ててくれた保護者への感謝を込めた内容になっていた。

彼女達はいろいろと身だしなみや授業態度のことなどでいろいろ言われてきたけれど、気がついたのだ。それが卒業式の、卒業の言葉にも現れていたし、ほとんどみんながその言葉を聞きながら泣いていた様子にも表れていた。自分たちがいかに多くの人に支えられてきたのかを。

まあ、そんな話をしてもらって、悪い気はしなかった。

夕方から、学年の打ち上げに行く。三年間、苦楽を共にしてきた学年5人のメンバーを、僕は「戦友」のように感じている。

本当に大変な三年間だった。彼女達が高2の時は、とくにしんどくて、ストレスから食べまくって体重が8キロも増えてしまった。

でも、高3になってからの一年は、実に見事だった。お別れ会の時に、さんざん手を焼かしてくれたメンバーがやってきて、「先生、ありがとう」と言ってくれたとき、すべての苦労が報われた、そう感じた。

チームとしても、絶妙のバランスで機能していたと思う。修学旅行や卒業を祝う会を中心になって企画してくれたI先生が、S先生にお礼を言いながら泣いた。S先生のこまやかな心配りを初めて知った。

これで解散するけれど、三年間を御一緒できたことは本当に感謝だった。