ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

早口問題再燃

「ああ、またここから始めなくちゃいけないのか・・・」

徒労感。やっと築き上げてきたものががらがらと崩れていくような。

論題が。高校論題が。どうしても、強くしたいときに専門家の文献を引用したくなる。2年前の遺伝子組み替えの時と同じだ。だが、そのディベートは、結局多くの人の支持を失う結果となった。

「また、あの時の二の舞か。」ジャッジをしながら、コミュニケーション点で立論者に1、マナー点でー5をつける。

やっていることが間違いではないだけに難しい。立論は最強の議論だ。だから、相手の議論を予想し、後から的確に反駁できるように質のいい資料を立論に入れていく。

それが膨大な量の立論となり、とてつもなく早口になっていく。

「これは、僕たちが目指すディベートなんですかね。」前回の原発論題の時、準決勝の創価と東海の主審を務めた梶原さんがそう言い残した言葉が耳によみがえってくる。

今年からディベート甲子園では「電気事業連合会賞」が新設された。これはコミュニケーション点のもっとも高かったチームに贈られる。

去年の決勝戦。ジャッジ入門講座で見直したが、早いことは早かったが、議論はすばらしかった。聴衆に対して訴えかける姿勢も見事だった。

是非とも決勝に進むような学校には、優勝と同時に、電事連賞も狙って欲しい。

が、しかし。

シビアな地区予選が待っている。勝ち抜くためにはきれい事は言っていられない。

勝たなければ。

だが・・・。

今日の試合が、練習試合でまだよかった。地区大会で、スポンサーの方が見に来た時に、この試合だったら。

「後援にかなう活動だ」と認めてもらえるかどうか。結局「勝利至上主義の閉じられた世界でしか通用しない奇異なコミュニケーション」といった受け止められ方しかしないのではなかろうか。

議論の精選が必要だ。じゃなかったら、もう、後援など諦めて、ほそぼそとやっていくしかない。