ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

パイナップルの缶詰

夕方、家族5人で買い物に出かけた。

近所に業務用スーパーなるものができたという。

言ってみると、なるほど、べらぼうに安い。レギュラーコーヒーが400グラム280円。缶ジュースが38円。などなど。

見ていったら、パイナップル、10枚入りで78円というのが目に飛び込んできた。

や、安い。思わず手に取ってしまう。

パイナップルの缶詰というと、子供の頃、すんごく贅沢品に思っていた。贈答用などに使われていて、普段は滅多に食べないもの、というイメージだった。

だから父がパイナップルの缶詰をおみやげに買ってきてくれたときなど家族みんなで大喜びした記憶がある。

二股ソケットに電球をぶら下げた部屋の中が、急に明るくなったような感じを受けたものだ。

食べるときは、一番きれいなガラスの器を出して、それに一枚ずつ盛りつけて、フォークで丁寧に切って食べていた。

そういえば、井上靖の「白ばんば」にも、パイナップルの缶詰のエピソードが出てきた記憶がある。

それが、78円、である。

78円では、特別なデザートというイメージはしない。取り立てて買って帰ろうという気にもならない。食卓に出されても、家族全員がそれによって心が沸き立つようなそんな雰囲気にもならないだろう。

豊かになるということは、小さな幸せを感じる機会を失うことと同義なのだろうか。