ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

ギリシャ公演日誌 9月2日(木)晴れ

ikutosu2004-09-02

ホテルの朝ご飯はバイキング形式。よくあるものだけれど、ヨーグルトがものすごく濃厚でおいしい。

8時から朝食をとって、劇場へ行く荷物をそろえ、9時50分出発。歩いて行ける所に劇場があるので非常に助かる。

午前10時から劇場の3階にある図書室で、地元の高校生との交流を行う。高橋先生が緑ヶ丘の紹介の英文の文書を持ってきていた。いやー、そこまで気が回りませんでした。ということで、生徒たちは自分達はプライベートスクールで女子校なんだ、違う学校なんだということを説明していたけれど、どのくらい通じたかな。向こうの高校生も、英語が非常に上手ということではないので片言同士で話をしている感じ。それでも壁にかけられた学校の写真を見ながら、あれこれ説明をしてくるのを一生懸命聞きながら、けっこう盛り上がっている。

11時過ぎに劇場に戻り、仕込み。ひな壇にヨハネが登るために、補強をしなければならない。日本だと劇場に箱馬という道具があるので、それを組み合わせて補強したのだけれど、こちらはそういうものは無いので、角材とコンパネを組み合わせて床下の根太みたいなのを作る。素人仕事なのでけっこう歪む。僕もコンパネを切ったり、たる木を切ったりしましたが、普段演劇部でやらざるを得ない状況が、こういうところで生かされるとは思いませんでした。

2時からいったんホテルに戻り、バスで昼食会場に移動。行ってみると、食事会場には日の丸の小旗がたくさん飾られている。あちらの高校の演劇の先生(どうやらこのあたりの文化的な行事は彼女が仕切っているらしい)が同席してくれて、あれこれ話をする。といっても片言ですが。

3時過ぎに劇場に戻り、さらに舞台を仕込む。場当たり稽古を始めたのが五時頃だったか。開演が9時半に正式に決定したので、6時45分からゲネを始めることにしたけれど、舞台が変わったので調整しなくては行けない場面がかなりあり、ゲネプロ開始が7時20分。途中でお客さんんが入ってきてしまう中、調整をする。

途中、生徒たちの飲み物とか買いに出ると、宣伝カーが走っている。「ヨコハマ・・・」という言葉は聞き取れる。

1時間前くらいから続々と人が集まってくる。赤ちゃんを抱いたお母さんからお年寄りまで、まさに村の公民館状態。二階でビデオを撮影していたのだけれど、いたずら好きそうな小学生くらいの男の子が走り回っている。

最初に挨拶があって、ディオニシア・メッサーリさんと市長がスピーチ。あともう一人、ぼそぼそスピーチをした男性がいて(後から校長先生だと判明)、定刻通りスタート。

しかし、島の開放的な雰囲気そのまま、芝居が始まっても子どもたちはくっちゃべっているし、2割くらいの観客が出ては入ってくる。あとで知ったのだが、満席で入れなくなった人たちが、出てきた人と入れ替わりに入ってきていたのだそうだ。

芝居の方は、多少のハプニングはあったが、破綻するような問題は生まれなかった。特にサロメの7つのベール以降は観客が乗ってきたのを感じた。

終わってカーテンコールがあって、記念品の贈呈があって、ロビーに挨拶におりて行くと、多くの人が温かく声をかけてくれた。

片付けをして、食事に出たのが12時。食事をしていたら1時を回ってしまった。田辺さん、高橋先生と、去年の12月29日に約束したように、ウゾで乾杯をする。

大きなことを成し遂げたんだなあ、とちょっと感慨に耽る。

今日の公演なんか、ちょっとふらついた所もあったけれど、みんな芝居を切らさなかった。

あれだけ携帯がなったり、フラッシュをたかれたりしたなか、きちんと立て直して芝居を成立させることが出来たのは、本人たちの努力はもちろんだけれど、このプロジェクトを支えてくれている多くの人がいる、ということをみんなよくわかっていたからじゃないかなと思う。

乾杯は、日本でこの公演の成功を祈ってくれている全ての人に捧げます。