ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

ギリシャ公演日誌 9月5日(日)晴れ。風強し。

ikutosu2004-09-05

フライトが夕方なので、それまでアテネ観光に出かけることにする。高橋先生ご夫妻が引率するゆっくりコース(別名エレガントコース)と、僕が引率する守銭奴コース(別名がつがつコース)に分かれることにしたが、なかなか準備ができない生徒は別にグループを作ることにして、準備のできたところから出発。ホテルを出た所でラザロが今日は息子さんのバスケの試合があるからとさよならの挨拶をしてくれる。奥さんは京都出身の日本女性なので、日本語で手紙を書いてくれという。結局僕の所には、高木さん、緒方さん、松原さんが付いて、「筑田先生と小さな仲間たち」という感じになる。最初にシンタクマまで出て円をユーロに交換し、お土産物屋さんの下調べをしつつアクロポリスへ。最初にローマンアゴラを見学。ここで僕は全部のアクロポリスの遺跡を見られるチケットを12ユーロで購入。生徒たちは無料の件をもらう。いいなあ。急な坂道を上って行って、パルテノン神殿へ。途中、パウロがギリシャで初めて説教をしたという岩の上にも登ってみる。風が強くてふらふらしてしまう。

パラリンピックの選手が来ている。声をかけたらブーアの選手だという。車いすの選手が二人。レオナルドともう一人。レオナルドが投擲の選手でもう一人がパワーリフティングの選手だと言っていた。

降りてきてアゴラの中を通り、博物館を見て、土産物街へ。石けんとかオリンピックグッズとか、あれこれ買いあさる。ある程度買った所でオープンカフェに入って食事。もう最後だからとグリークサラダを頼む。トマトとキュウリとタマネギと、オリーブと、フェタチーズ。それにオリーブオイルをたっぷり。この絶妙のバランスにもお別れとじっくりと噛み締める。

3時50分にカフェを出て一路シンタクマの国会議事堂前へ。4時ジャストに到着。リムジンバスで空港へ。ここで五十嵐さんと息子の高徳さん、そして田辺さんとお別れ。田辺さんは聾者劇団が使う劇場の下調べをした後、ルーマニアに行って戻ってきて、ろう者劇団と一緒に10日の同じ時刻の便で帰国する。今後のことについて最後の確認をしてお別れ。

出国審査を通った後で、それぞれの家に電話を刺せようと思ったのだけれど、テレホンカードをうっていなくて、もう一度外に出て戻ってきたら、もう搭乗手続きが始まっていた。ということで、テレホンカードは記念品になってしまいました。

パリでトランジット。30分ほど買い物の時間が出来たので、学校の先生たちへのお土産と、コインを清算するためのお菓子を買い込む。成田行き、エールフランス278便は、貨物扉のトラブルがあって定刻11時25分を10分ほど遅れて出発。夜ということもあり、食事が出た後はみんな寝ている。今、日本時間で2時5分。五時間目が終わった所か。

6時、成田空港に無事到着。入国審査を通り、荷物をピックアップして出口へ。赤迫さん、松原さんの保護者が迎えにきている。緑のみんなは7時5分のリムジンバスで横浜へ。見送ってから京成線スカイライナー、7時17分初に乗る。そしてこうしてマックを起動して、日記の最後を書いている。デスクトップ上の時計は、今1時24分を指している。時計だけはまだギリシャ時間のままだ。美しいけれど、過酷な自然の中で上手に折り合いをつけながら生活している信仰深い人々。ぼくらの冒険は一応日本に到着したことでけりがついた。しかし、この冒険を通じて作られた人の輪は、決してなくなることはないだろう。

生徒たちは、これから大学入学に向けて、また全力で努力する日々が待ち受けている。しかし、その目は、その先に新たな目標も見いだしている。来年は日本とEUの市民交流年。もし、今回のような企画があれば、全力でバックアップしますと日本大使館の北川さんは言っていたし、ラフカディオハーンセンターの五十嵐さんも、もしやるならきちっとしたものを計画するよ、と言っていた。五十嵐さんの言葉が、単なる口約束ではないことは、今回の企画を通してみんなよくわかっている。だから、大学入学後の新たな展開に、あれこれ思いを巡らしている。

そして僕は、向こうの高校とのやりとりが残っている。まずは今回の公演と交流のビデオを編集して送らないといけない。向こうからもいろいろと書類が送られてくるかもしれない。市長さんんは観光誘致といったことも考えているようだ。そうしたことに巻き込まれずに、上手に高校間の交流が出来て行けたらと思う。

そしてこの公演のために多くの支援をいただいた皆さんへ、どんな形でフィードバックができるか、それを考えている。まずは25日の報告会へ向けての準備をしないと。