ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

生きているから…

今日は午後から信徒総会。年に一度、毎年この時期に行われる。

会計報告の承認だとか、昨年度の活動報告、今年度の活動方針の承認とか、まあいわゆる総会です。(説明になってないじゃん)

僕は教会籍を母教会に置いたままなので、総会に参加する資格はありません。毎回陪席して、投票のお手伝いをします。

何の投票かというと、長老選挙と執事選挙の投票です。

長老選挙は出席者の3分の2を超える得票数がないと選ばれないのですが、今年も3人欲しい所、1人しか選出できませんでした。でも、これも神の御心と、みんなで協力していくしかありません。

執事は過半数でいいし、決まらなければ得票数の上位者を残して再投票をする形で選べるので、こちらはけっこう楽です。

でも、今年は5人改選ということで、5人目が信任投票になりました。

33人中、信任31、不信任1、白票1。

不信任は当然ご本人のMさんだと思ってました。

日本でも珍しい難病と闘いながら60歳を超える今日まで生きてきたMさん。昨年はその上皮膚がんを併発して長期の入院を余儀なくされました。

以前は執事を長く勤めていらっしゃいましたが、うちの連れ合いと入れ替わってからは、しばらく執事職から離れてました。

その彼女が、信任された後、発言を求めて立ち上がりました。

「不信任の一票を入れて下さった方に申し上げたくて」ということでした。

「実は私は信任の○を書きました。私のことを心配して下さって不信任を入れて下さった方、本当にありがたいと思います。でも、昨年私はああいう病気で入院もし、しかし、こうして生きて帰って来れました。生きているからには、何かお役に立ちたい、そう思って執事の職をお引き受けさせていただこうと考えました。」

微笑みながら話すMさん。本当に強いなあと思いました。

Mさんのお話を聞いて涙ぐんでいる人も何人かいらっしゃいました。

「Mさんのために、何もできないけれど、せめて毎日健康が守られるようにお祈りします。」そんなことをおっしゃっている方もいました。本当にそうですね。

こうした信仰の先輩がいることに本当に励まされます。