ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

修学旅行3日目

 日本最西端の島の夜明けは遅い。6時でもまだ星が鮮やかに瞬いている。その星を眺めながら、大展望風呂に入る。

 6時半から礼拝、食事。今日は出発が後発隊のため、9時。昨日後発隊だった1組と4組が先発。おかげでかなり余裕をもって準備ができる。後発と言っても2組とは別行動。午前中はクラス単位での見学となる。

 午前中、久賀島へ渡る。グラスボートの「シーガル号」の定期便に乗る。幸い他の乗客はいなかったので、3組で独占状態。昨日と変わらず、生徒達は元気元気。20分の船旅を大いに楽しんでいる。

 久賀島につくと、26人乗りのバスに分乗して、拷問の窄教会へ。明治元年の「五島崩れ」と呼ばれる大迫害の起こった場所だ。

 わずか12坪の家に、200名の信徒が押し込まれ、8ヶ月間の間に42名が殉教した。殉教したお一人お一人の碑が残っているが、亡くなった人はお年寄りか幼い子ども達がほとんだった。案内して下さったのは、地元の樋口さんという方。「島の青年団」という雰囲気の寡黙な感じの方だった。

 お兄さんが作成したという説明の文章を訥々と読みながら説明をして下さった。けっして上手とは言えないものの、誠実なお人柄がにじみ出る語りで、生徒達もしんとして声なく、樋口さんの説明に聞き入っていた。

 このような迫害は形を変えてキリスト者が十字軍でイスラム教徒を攻撃したことや、ナチスによるユダヤ人虐殺と同根のものだ、という話をして下さった。

 次に訪れたのは浜脇教会。鉄筋コンクリート製の天主堂の中に入って説明を伺った。ここでクラス写真を撮る。

 港に戻って久賀島北側にある五輪地区へ。船の左手に見える久賀島は海岸線が切り立った崖になっていて、陸の方からはとても海岸までは降りて来れそうになかった。五輪地区はわずか四戸の集落。ここに旧五輪教会がある。
 
 もともと浜脇教会にあった木造の会堂を、移築したもの。世界遺産への申請を行っている長崎の古い天主堂の一つに数えられている。外から見ると、普通の木造家屋に見えるのだが、中に入るとロマネスク調の礼拝堂になっているというユニークな建物だ。こんな建物が明治の初期に日本人の大工の手によって立てられていたことに驚く。フランス人宣教師の、私財をなげうっての献身や、地元の信徒の労力の奉仕と相まって、こうしたものが作られたことを伝えて行くことは大切なことだと思う。

 五輪地区には歌手の五輪真弓さんのおじさんの墓があるというのを、シーガル号の船員さんが教えてくれた。彼はロマネスク建築とゴチック建築の違いについても教えてくれた。彼もまた、迫害を耐えて信仰を継承してきた人達の末裔なのかもしれない。

 午前中の見学はこれでおしまい。福江島に戻り、ホテルで昼食。あたたかい五島うどんが、ことのほかごちそうに感じられた。

 午後はまた2台のバスに分乗して福江島の中を回る。日本一透明度の高い海水浴場という浜へ行く。生徒達は大喜びで、バスを降りたとたんに一目散に海へ突進して行く。靴を脱ぎ、裸足になり、海へ駆け込んで行く生徒に連られて、僕も裸足になって海に入る。引き潮の時刻で、広い砂浜が現れている。かなり遠浅の浜で、砂もきめ細かくて気持ちがいい。星形の貝殻や、白い貝殻など、ひとしきり集めて回る。

 その後、遣唐使館へ。遣唐使の人形アニメを見て、買い物。

 五島バスの路線バスをチャーターしたのだが、ついてくれたバスガイドさんが愉快な人で、生徒達は本当に楽しそうだった。午前中が思い話だったので、午後はいい息抜きになった。今晩は何も予定が入っていないので、夕食後、こうしてロビーでのんびり日記を打っている。