ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

体はボロボロ、でも元気。

怒濤の一週間が終了。はー、つかれたー。

21日(木)

今日は中学の健康診断のため、高校は四時間で終了。1、2時間めは国語演習。予告しておいた通り、休み時間なしで100分使って授業。小テストが三分、「今、ここで」が五分、短めの問題一題、解説、入試問題一題、解説、という流れ。

終わった後で、質問に来る生徒がいて、うれしい。「すごく楽しかった」と言ってくれる生徒もいて、ますますうれしい。へろへろになってプリントを作った甲斐がありました。

午後は歯科検診の記入。歯科の先生から、「昨日は唇が真っ白な生徒が多かった」と言われる。寒かったからねえ。体操服に短パンで、靴下なしの格好で体育館にいたから、冷えたんだろうな。

土曜日の公演に向けて、演劇部はチャペルで練習。高三も引退が延びちゃったけれどね、こうやって続けていることの大切さを感じます。

22日(金)

朝、中3のホームルームにいく時点で、昼休みに明日行われる部活紹介のリハーサルがあることを知る。急遽、生徒会長にお願いして、ディベート同好会の紹介を入れさせてもらう。

なんで連絡が来なかったのか、ちょっと尋問してみようかと思ったのだが、きちんとした受け答えができる生徒会長だったので、感心してしまった。

今日は現代文の授業が2時間。このところ、毎時間音読をさせてはチェックをしている。語尾を強く発音する読み方の生徒が多いので、できるだけ意味を意識した読み方ができるように指導中。

昼休み、リハーサルを見に行く。生徒会の役員に、ディベート同好会のメンバーがいるので、発表を頼む。ちょこちょこっとドラえもんディベートのモデルディベートを改造して、発表原稿を作る。

同僚のS先生から仕事を頼まれる。中3の北海道旅行の資料に、何枚か写真をスキャンしてくれというもの。

S先生のおばあちゃんが赤ん坊の頃の写真とか、おばあちゃんの祖父の写真とか、スキャンする。

おばあちゃんの、父方、母方両方の祖父の写真なんだけど、すんごい勲章の数。まあ、黒田清隆榎本武揚だからねえ。すごいわけですよ。

歴史上の人物として語られる人が、自分の血縁者にいるのって、どんな感じだろう。

うちは過去帳見ても、「飾り職人竹二郎」とか「魚屋徳兵衛」なんて名字なしの名前しか出て来ないからね。生粋の職人の家系です。

放課後、チャペルで明日の公演の確認。照明、音響、幕のタイミングを中心に行う。

進路指導部の荷物運びが入ったり、けっこうばたばたする。延長して何とか六時に終了。

23日(土)

1、2時間めの授業のあと、3、4時間めは高一オリエンテーションのため、卒業生を高一の教室に誘導したり、裏方の仕事。

57回生が15人来てくれる。

一組で最初に話をしたグループに、演劇部、ディベート部の部員だった卒業生が一人ずついたので、そこを聞く。

高一の聞く態度は非常によかった。真剣に聞いていた。

終了後、大会議室で一緒に食事。食前の感謝をしたら、懐かしがっていた。

三時からの公演に向けて、一時から準備。手伝いが急遽これなくなって、幕引き係をやることになる。

この公演は、三月十六日に高三のお別れ会として行う予定だった。卒業してから時間の都合が合うのか心配だったが、八人全員が来てくれる。

仁義なき戦い ー舞台の中心でM・Kと叫ぶー」

は、57回生のためだけに書いた本。体育館シューズにゴキブリが入っていた事件や、エレクトラや、お月様や、57回生の思い出のシーンをふんだんにちりばめておいた。

演じている方が、すごい受けてくれて、逆にびっくりしたみたい。

どうもお疲れさまでした。

チャペルの照明を直して、第一集会室にちょっと顔を出し、それから明日のディベート入門講座と、ジャッジ初級講座の準備。成蹊大学がお借りできたのだが、副支部長の喜岡さんが参加できなくなり、全部準備して持っていくことに。

疲れて帰ると、連れ合いが今日の長男の学校の保護者会の報告をしてくれる。

なんと、荒木先生が生徒指導部長になったとか。

山下先生に面白い個性を持っている子だと随分ほめられたという。うれしいなあ。山下先生にほめてもらえるなんて。

今年から校長になった人は、やけに張り切って、ほとんど全員の教師を学級付きにしたのだとか。長廻クラスの副担任が、今野先生とか、なんだか不思議な組み合わせ。鉄先生も副担任に入っているとか。
カトシンさんなんて、国際学級で手一杯だろうに、笹森クラスの副担任だって。

校長が張り切るのはいいんだけどさ、啓明らしさってのを忘れないでよね。私学なんだから。

昔のカガワッチョみたいにならんでくれよな。

さて、明日は九時に吉祥寺で待ち合わせ。早いとこ寝るか。