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ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

わからないからこそ

サッカー

今日のチャペル礼拝は校長がメッセージ。中学生相手ということで、わかりやすい内容を心がけたのでしょう。話題のサッカー日本代表の監督についてでした。

これがけっこう胸にストンと落ちる話で、感心してしまいました。

先日、校長はジェフ千葉の元社長の方と話をされたのだそうです。ジェフ千葉と言えば、オシム監督。

なぜ、外国人の監督を招聘するのかというと、「言葉を尽くして説明するから」なんだそうです。

うーん。逆じゃないの?と思った訳でして。

ところが、そうじゃないのだそうです。

ある時、その元社長さんが、サー・ボビー・チャールトンと話した時に、日本人について次のような賞賛の言葉を受けたのだそうです。

「アフリカ人に10のことを教えるには100言わなければならない。しかし、日本人には6言えば10のことを理解することができる。」

しかし、元社長さんは、「それは本当だろうか」と思ったそうです。「ひょっとして、わかったつもりになっているのではないだろうか」というわけです。

よく日本では「言わなくてもわかっている」と言ったことばを使います。

サッカーでも、日本人の監督だと、選手に向かって「お前たち、言わなくてもわかっているな」と言うのだそうです。言われた選手たちは「もちろんわかってます」と答える。

そうなると、あと監督にできることは、「頑張れ」「根性見せろ」といった精神論になってしまうというのですね。

ところが、外国人監督は「言わなくてもわかる」という考え方はしない。

通訳を介してでも、わかるまで何度でも説明をする。選手の方も、相手の言うことがわからないから、真剣に聞こうとする。

「わかったつもり」になるような土壌がないわけですね。

それがいい結果に結びつくのだ、ということでした。

この話を聞いて、「わかったつもりになっている」ことの多いことに今更ながら気付かされました。

ディベートをやっていると、「わかるとできるの違い」を嫌というほど実感します。

でも、それを他の場面でも生かしているかというと、そうでもない。もっと謙虚に、自分がわかっていないということを自覚して、わかるまで妥協しないことが大切だなあと反省した次第であります。