ジーコ更迭で問題は解決するのか。
シンガポール戦、確かにストレスのたまる試合だった。
あれだけの決定機がありながら、一時は同点にされてしまった。
藤田、鈴木、玉田、の投入でなんとか乗りきったが、ジーコの采配にまたしても疑問の声を上げる連中が出てきたようだ。
が、本当にそうか。
ジーコが変われば、すべては変わるのか。
そんなことはないと僕は思う。
問題は、決めきれない選手にあるのではないか。
国内組を使っていれば、難なく勝てた、という。
しかし、本当にそうなのか。
みんな忘れちゃいないか。
フランスワールドカップの時、メンバーの中には海外でプレーしている人間は皆無だった。
守ることはできるが、点は取れない。それが日本の課題だとだれもが痛いほど認識したはずだった。
その後、日本人プレーヤーが次々海外へと飛び出していった。
中田がいれば、何とかしてくれる、そんな期待感が芽生え始めた。
しかし、日韓ワールドカップ。日本の課題は克服できたか。
トルコに厚く守られてしまったとき、誰もそのゴールをこじ開けることはできなかった。結局、中田一人ではどうしようもないことがはっきりした。
結局、日本はフランスワールドカップからの課題を克服することができなかった。
しかし、ワールドカップでの活躍から、さらに海外へと進出する選手が出てきた。
今、やっと日本は、「世界」を肌に感じながら戦う選手を複数手に入れることができた。
しかし、その選手が集まって、あの試合である。
コンディション不足だ?暑さ対策ができていなかった?
だからなんなんだ。
日本の課題は、スマートにボールをつないで観衆を喜ばせることじゃない。
泥臭くてもなんでも、ゴールをこじ開けることじゃないか。
その千頭に立つのが、課外へ出ていった選手達だ。
彼らを使わないで、国内組だけでやれって?
国内組で戦って、予選を突破したら海外組を使えって?
ふざけるんじゃないよ。
やつらを使わないで、どうするのさ。
今まで日本国内じゃできなかったことをできるようになるために、彼らは出ていったんじゃないか。
それだけのスキルとプライドを身につけて帰ってこなけりゃ、海外に行った意味がない。
もし、現在の彼らがそれに見合うプレーを見せていないなら、それはジーコに責任を問うべきではなく、彼らを糾弾すべきではないか。
ジーコによって、最大限の自由を許されている彼らこそ、責任を追うべき存在ではないか。
いざとなったら国内組もいる。実際そうしてジーコは結果を見せている。
ここで危機感を持って次の試合に臨めないようなら、海外組こそ、海外移籍なんか辞めて、日本に戻ってきて一からやり直したほうがいい。