ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

社会的存在としての人間

メリット・デメリットの検討ということだったが、高3のSさんが書いてくれたメリット、デメリットを検討するうち、日本のあり方、我々が望む、ありうべき社会システムとはどのようなものか、という議論になった。

死刑を廃止することは、どのような社会システムが望ましいと考える考えが根本にあるのだろうか。

死刑を存置することは、どのような社会システムが望ましいと考える考えが根本にあるのだろうか。

今回の論題は、単に数がどれだけあるかとか、そういう問題ではなく、我々の存在そのものにまで突っ込んだ議論が展開できるかもしれない。立論4分での限界はあるが、試合の前の準備のところでは、こうした話を大いに深めておきたい。

オウム真理教による地下鉄サリン事件にしても、宅間容疑者による池田小学校の事件にしても、特殊な存在による特殊な事件としてしまうのか、それともそうした人間を生み出したのは現代日本の社会システムによると考えるのか、議論は分かれる所だろう。

だが、あえて我々の社会が持っている問題として捉えることで、死刑という極刑の存在も含めた、この社会のあり方が見えてくるのではないだろうか。

そんなことをみんなと話しながら考えていた。