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ディベート×演劇

「子どもらが 自分の場だと 思う所に 花が咲く」(徳村彰)を、学校現場で目指します。

中学演劇都大会一日目

午前中学校に出て仕事をこなしてから、下丸子の大田区民プラザへ。
蒲田で多摩川線に乗ったつもりが池上線だった。
そのため午後一番の「迷い猫預かっています」の冒頭を見られず。残念。
間口12メートル、奥行きもほぼ同じ広い舞台をどう使っているかという点で参考になった。
舞台の中央あたりからの部分を演技スペースにするため、美術準備室の壁と入り口を上手側に置いていた。
舞台前の一間ほどに道具を置かず、演技にも使っていないので不審に思っていたが、途中で憧れの男子を妄想するシーンで男子が登場し、SSを当てることで異空間という感じを出していた。
何となく午後の授業をサボって準備室にやってきた藍。拾った子猫の入った段ボール箱を抱えている。
彼女がなぜ今日に限ってここでサボることにしたのかは、不良の生徒との会話で明らかになる。
昨日、気になる男子にヒゲがあると言われ洗面所で産毛を剃ろうとして、カミソリを手にした自分の姿を見た時に怖くなってしまったというのだ。
理屈では割り切れない、中学生くらいの年代の少女の危うさをよく表しているセリフであり、演技だった。
掃除当番が来てからの隠れている二人を隠そうと奮闘するもう一人の美術部員を中心にしたアンサンブルが見事だった。

「STAR DUST☆七月の星くずたち☆」
キャストは4人だけ、セットも白い立方体の箱が4個だけというシンプルな演出。
星空などホリゾントを中心とした照明の美しさがよく映えた。
シンプルな割に暗転が多くて長いのが気になった。
ダンスフェス前に衣装に着替えるところ以外はいらなかった。
体操服のしたにダンス衣装を着込んでいてもできたのでは?
「保育園からの幼馴染が三人だけになってしまった」というセリフがアスミの父親がまだ漁に出られないというセリフ後にググっと生きてくる。
部活もバラバラだった三人が、中学3年生の7月になぜダンスフェスに参加しようということになったのか、その切実な願いが分かった途端、3人がとても愛おしくなった。
いつまでこの場所にいられるか不安に思っていた主人公が、父の船で南へ去って行くところで、アスミが帰ってくるまでここで待ってると宣言する。
これからも様々な困難が彼女たちを翻弄していくだろう。星屑と自分たちのダンスチームを命名したように、ダンスが途中で終わってしまったように。
それでも、海から吹く風の中見上げた星空の美しさや、ダンスの練習に汗を流した日々の記憶は、忌まわしい記憶の上で輝き続けると信じたい。
心地よい風が吹いているような爽やかな芝居だった。
「SAKRA2013」
さすが西澤先生の脚本だけあって、テンポの良さ、群衆の使い方の巧みさ、ダンスシーン、コミカルなシーン、シリアスなシーンのメリハリが巧みだった。
その本を18名の中学生がチームワーク良く、気持ち良さそうに、楽しそうに演じていた。
所々、音響のレベルが大きすぎたり、感情を込めすぎてセリフが前に出てこなかったところがあったのが残念。
しかし、ストロボを使ってのダンスシーン、ホリ幕前に三台並べた転がしによる逆光での交通事故、手紙のシーンでのSSの使い方など、スタッフワークが見事だった。
演じているうちに部員同士の絆が深まって行っただろうなあという印象を受ける舞台だった。
「ありがとう」
幕前でのしゃべりからの導入、緞帳が上がった時の照明の美しさなど、作品世界を大切に作っていることがうかがえる演出だった。
女の子が無理して男を演じていないのも良かった。
なぜ生き返りたいのか。
なぜあんな汚れた世界で生きたいのか。
我々が突きつけられている課題でもある。
生き返るための試験に落ちた人が去る時の中割幕の使い方が上手だった。
閉まる直前の「ああ……」というセリフに込められた絶望感とか、印象的だ。

午前中は残念ながら見られなかったけれど、震災をモチーフにしたものが7本中3本。3.11後の世界を生きる我々にとって、演劇でも避けて通れないものになっているし、教育の一環としての演劇教育ではむしろ積極的に触れることの方が多いのかもしれない。

4作品とも、照明がとても印象的だった。
色々とやりたいことをやらせてもらえるという環境を整えて下さっている現場のスタッフの皆さんのおかげもあるんだろう。